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先生たちにお願い!中津の子らに諭吉のことを教えてあげて!

2016/08/22 00:48
 我が集いは俄か仕込みの諭吉ファンのおばさま達の集まりですが、おじさま達の中には長年教鞭を執ってこられたプロの教育者だった方もいらっしゃいます。そんな秋吉稔先生の日々の思いを聞いてみました。


 「先生たちにお願い!
  中津の子らに諭吉のことを教えてあげて!」

                        2016・8月 秋吉 稔


 福田一直先生による「学問のすすめ」全17編の講義が8月7日に終わった。去年の2月1日から18カ月にわたり、先生は福沢オリジナルという縦糸の間に、実に幅広の思い切った味付け・色付けのある横糸を織り込んでナマ福沢を堪能させて下さった。
 「学問のすすめ」初編の出だしは『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり』で始まる。『と云へり』を省いてしまう人が多いのは困りものだが、その趣旨は「学ぶか学ばないかで賢人か愚人かが決まる」というものである。せっかく身分制度がなくなったという今こそチャンスだよと、中津の子供たちに気合を入れるためにこの本を書いたのである。明治4年、福沢諭吉38歳であった。

 山口県萩市の明倫小学校では、昭和56年以来、毎朝、吉田松陰の言葉を生徒全員で声高らかに朗唱している。学年ごと、学期ごとに言葉はちがうから一人の小学生が卒業までに合計・3×6=18の言葉を覚えることになる。小学生には難しすぎるとの意見もある。しかし、昔から素読という学習方法もあり、「読書百篇、意自ずから通ず」の言葉どおり、毎日声に出して言うことにより、だんだんと意味がわかってきたり、大人になってある日ふと意味が分かるという楽しみもあるようだ。
 実例として、1年生、3年生、6年生の第3学期の朗誦文を挙げる。
1年生: 親思うこころにまさる親ごころ きょうの音ずれ何ときくらん
3年生: 人賢愚ありと雖も各々一二の才能なきはなし湊合して大成する時は必ず全備する所あらん
6年生: 天地には大徳あり 君父には至恩あり 徳に報ゆるに心をもってし 恩を復すに 身をもってす 此の日再びし難く 此の生復びし難し 此の事を終えざれば 此の身 息まず
(ソウゴウ、)(フタタビ)

 アメリカ全土の公立小中学校には毎朝の朝礼の時に「忠誠の誓い」の朗誦がある。小学校1年生でさえ起立して合衆国国旗に顔を向け、右手を左胸の上に置き、クラス全員で唱和しなければならない。しかも月代わりの当番まであって、クラス全員を前に各節をリードする。アメリカ合衆国議会もまた、「忠誠の誓い」の暗誦で開始される。(*月曜だけのところ、一部の高校のところもある)

 「忠誠の誓い」・Pledge of Allegiance---の内容を見てほしい。日本の高校3年生の学ぶ英語よりむつかしい。

I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and
to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.

(私はアメリカ合衆国国旗と、その国旗が象徴する共和国に、つまり万民のための自由と正義を備えた神の下の分割すべからざる一国家に、忠誠を誓います)

 さて、本題---
志ある中津市の学校の先生たちへ---福沢諭吉の言葉を中津の小学校、中学校で暗唱、唱和する試みを始めてみませんか。また、幕末の頃のアジア全域が白人により次々に植民地化される中にあって、福沢諭吉は単なる1万円札のおじさんではなく、いかにすばらしい偉業を日本のために為したかを中津の子供たちにぜひ教えてあげてほしい。福沢の名言の数例を挙げる。


「学ぶ」

 天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり

 人は、生まれながらに、貴賤貧富の別なし。ただ、良く学ぶ者は、貴人となり、富人となり、そして、無学なる者は、貧人となり、下人となる

 賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり

 学問の本趣意は、読書に非ず、精神の働きに在り。

 読書は学問の術であり、学問は事業の術である。

 活用なき学問は、無学に等しい。

 一度、学問に入らば、大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ



「人生・生活・家庭」 

 今日も生涯の一日なり

 自ら労して自ら食うは、人生独立の本源なり

 未だ試みずして先ず疑うものは勇者ではない

 顔色容貌の活溌愉快なるは人の徳義の一箇条にして、人間交際において最も大切なるものなり。

 自分の悪かったことに気が付いて改めるというのは立派なことだ。

 自由と我儘との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり

 人は他人に迷惑を掛けない範囲で自由である
 
 一家は習慣の学校なり。父母は習慣の教師なり



 諭吉の「いい言葉」は出版されたもののほか、ネットで「諭吉の名言・格言集」を見ればいくらでも見つかる。「中津を粋にする会」には福沢諭吉その人についての資料のほか、多種多様の名言ストックも用意されている。
 いずれ中津を出て日本全国に散っていく中津生まれの若い世代が、異郷の地にあって、故郷の偉人・福沢諭吉について語れるだけのウンチクをいまのうちに蓄えられればいいと願っている。



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「学問のすゝめ」十七編を終えて

2016/08/11 07:57
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栄誉、人望は望むべきか、然り努力して求むべき
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 一般に、人間世界に人望の大小軽重はあっても、人望(人の役に立つ)を得れば商売にも著書にも反映してきます。60kgの荷物を持てる人に60kgを持たせたり、100万円がある人に100万円貸すのは、ここでいう人望(信用)に関係ありません。人望はその人の才能と知恵の働きと正直な心、つまり誠実さによって徐々に備わっていくものです。

 しかし世間は人望と似ても似つかぬホンモノ、ニセモノ、善悪入り乱れてどれが真実なのか区別が付かない状況です。
 人間の知識、人格はまさに花の咲く樹なのです。そして栄誉、人望はその樹に咲く花なのです。大いに花を咲かせましょう。

 そのためには、

 第一 「言葉」を効果的に使う。
 第二 人に接するときには明るく
 第三 古い友を忘れず、新しい友を求める
 
 第三については
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 子曰不患人之不己知。患不知人也
 自分のこと誰も分かってくれなくてもがっかりする事はありません。それよりも大切なことは周りにいるひとやお友達などがどんな人なのかを自分が正しく知ることです。
 (こども論語塾注釈)
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 も大切な事です。

 「道同じからず」であっても人間を毛嫌いすることはありません。(明治九年十一月出版)



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 資料より 「学問のすゝめ」最終編〆
  〜佐藤きむ(平成18年11月記)

 第16編から
 「心事が高尚で働きが乏しい人は不平不満が多い」
 これはまさに今大きな社会問題となっている。働こうとしない現代の若者の姿そのもの!
 第17編では「書生が日本言語が不便利にして、文章も演説も出来ぬ。ゆえ、英語を使い英文を用いるなぞと馬鹿を言う者あり。按ずるにこの書生は日本に生まれて未だ十分に日本語を用いたる事なき者ならん。」と福澤先生が述べているのは痛快!
 現代の日本人は日本語に習熟して話すことに上達するよう努力すべきだと結論づけている。
 〜世の中グローバル化にして、孫の英語上達に喜んでいるグランドマザーですが、今の世に決して古くないこの教えをどう生かして行くか!隗(自分)より始めなくては!と思い至る楽しい1年5ヶ月でした。



   お順さん基金報告
   10(内家族1)×500-200(エアコン代)=4,300円
   トータル:24,640円


 「学問のすゝめ」2回目が終わりました!皆さんそれぞれ得るものがあったことでしょう。次の婦人論が楽しみです。(会計松本ひろ子)


9月の集いは「日本婦人論」です。9月4日(第1日曜日)9月18日(第3日曜日)午後6時〜7時半を予定しています。
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