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みんなの「「日本婦人論」を読む」ブログ


「日本婦人論 後編」(最終回)を終えて

2017/03/07 22:53
国際人としての日本女性を期待す  
 
 世間の反応を待つまでもなく、我々が進めて来た西洋風を取り入れた文明開化はなされましたが、気になることがあります。それは今の日本女子の無智勘弁(無智をわきまえる)であります。

 むやみに読み書きの代わりに洋語を語り、物知り顔で針をもつことを忘れ、目上の人を見下して出しゃばるばかりか、男子に向かっても憚る色もなく、言葉粗く、立ち居振る舞いも穏やかでなく、酒も煙草も…俗に之をオテンバと言う。けれど、そのオテンバは男子のグズに比べればまだまだ矛和です…昔同じ言語挙動、同じ礼儀会釈をしても女子なるが故に咎められ、男子なるが故に許される世の中でした…そんな不公平はあってはなりません!

 日本婦人論は面白く、新奇!新奇!と浮かれて誤るだけでなく、遂には全く趣意を逆さまに解する者が出て来ております。この事は記者の筆の表現法のまずい罪でありますので、大いに反省せねばなりませんが、誤っていたと止めることはいたしません。
 30年前我国が開国した折、不都合な者(事)がたくさんありましたが、年月が過ぎる内、自然と外国との交際にも慣れ、世間は穏やかになりました。
 
 家のため国のため女性を引き上げ、国際人としての日本にする日本婦人論の奥意は理解されて行く事でしょう。

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愛のみならず、敬によって結ばれた夫婦関係
一代の夫婦で系図も夫婦の系図。夫婦相互の経済的自立…まさに21世紀の家族像です。


 読み進む箇所、個所で、諭吉先生から頭を小突かれ、小突かれっぱなし 最後は「今の日本女子の無智勘弁さになさけない」と言われました…古希の進むべき道を示してくださったありがたい日本婦人論でした。


 我が集いのお宝!骨董品!生き字引!必殺遊び人!マルチ先生こと後藤文子さんのコメントです。
 
 『諭吉の婦人論を読み終わった。読み進むにつれて母の人生と重なり、母を思うことしきり。昭和12年生まれの私は今年80才になった。母の年齢を越えた今、母を思う。洗濯機も電気釜も無かった時代、寝たきりの祖母の世話を6年もした。山移川に寒い日、雪の洗濯に行く。社会的に常識人であった父のねぎらいの言葉を一度も聞いたことがなかった。そして祖母が亡くなる。すぐに横の家のじいちゃんが寝込んだ。息子夫婦は働きに行く。見かねた母は少しお世話をした。集落でうわさになり、「ヨシ子さんはまだ年寄りの世話が仕足りんじゃろう」とうわさされた。その悪口を聞くと私の前で狂ったように泣いた。子供もそれぞれ家を出て父と二人の平穏な日々は長く続かなかった。膵臓癌が見つかり末期であった。ベッドの脇の父と私に「いい時きゃ、ちょっとん間」と言った言葉が今も頭から離れない。男性は長年連れ添った伴侶に優しい言葉を。「すまんの」、「おおきに」の優しい言葉を。伴白髪となればなおのこと、いたわりの言葉を。昨日は言いましたか?今日はどうですか?』

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             「絵手紙」: 後藤文子





会計報告

  お順さん基金
  12名(内家族1名)×500=5,500円
    エアコン代=▲100円

     基金合計=50,840円

 女性論が済み、今度は男性論です。みなさんの現実と比べられることができるでしょうか?(会計 松本ひろ子)


4月の(P167〜)「日本男性論」を読む集いは平成29年4月2日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。



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第6回 「日本婦人論 後編」を終えて

2017/02/09 00:13
敬意があらざれば、妻を視ること犬猫の如し  
 
 今、一般の良家でも、西洋文明の学者でも、男女同権と聞いて怒る人はいないことはない。儒者の地金(表)と文明のメッキ(裏)を都合次第に使い分け、妻を愛することは知っていても、敬することは知らない。その敬とはどういうことなのでしょう。
 何一つ不自由なく、衣食も十分、世間から見ても結構な夫婦でも、精神の事を軽んずる時は、飼い犬に二汁五菜を食わせ、猫に錦の着物を着せるようなもので、只、愛するだけで、敬しているとは言えないのです。

 近来、わが国に国会が開設する勅諭(天皇からの告げられた文書)が出されました。
 そもそも国会とは、国中の人民が政事(まつりごと)に参加するのです。政府の役人ばかりで独り占めにするのではありません。家の男子を政府に、女子を人民にたとえて見ますと、果たして圧制としか、専制としか言いようがありません。男子が家の財産を婦人に告げず、家の内外の事にくちばしを入れさせないと、尚甚だしいのは、男子が不品行を犯して快楽をほしいままにして婦人を家に閉じ込め、自由を奪っている。暴政府が百姓(民)を苦しめている事に、違いはありません。
 国会を司る人物は、圧制専制の家より出頭し、一家では唯我独尊無理無法の者たちと、答えるしかありません。

 家と国とは、成る程、別のものと言うのであれば、なにとぞ国会も、家会も、婦女子に敬を持って家政参与の権を与えていただきたい!!


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大観院独立自尊居士
福澤諭吉先生117回忌(平成29年2月3日)


 今年の講演会は、我集いは繙く事が出来ないであろう「文明論の概略」(宮内環センター所員)でした。

 私ははからずも、宮内先生と「パリの福澤諭吉」(山口昌子著)のお二人に出逢えて(講演と本の中ですが)感動ものです…。
 本は文久遣欧使節団(1862年)での事ですが、諭吉先生の三大事業(慶応義塾、時事新報、交詢社)へと展開してゆく礎となる、ありとあらゆるものから、ありとあらゆることを吸収する1年余が垣間見られます。
 そして、国を愛する27才の青年諭吉がさて、日本国はどうすればよいか?どうあるべきか?と、40才で書き上げた文明論の概略です。

 「すばらしく立派で、こんな読み応えのある書は他にない」
                            (宮内先生談)

 …何だか読みたくなりました。

 パリの写真家ポト―も、内部から燃え上がるかのような熱いオーラに惹かれて、思わず斜め横から(皆は2枚なのに)例外的に三枚目の写真のシャッターを切ってしまったのでしょう。


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会計報告

  お順さん基金
  12名×500=6,000円
    エアコン代=▲200円

     基金合計=45,440円

 記念講演も無事に済み、出席された方は話を聴かれて身近に感じたのではないでしょうか。より一層これからの読み会が続けられたら良いですね。(会計 松本ひろ子)


第7回(最終回)「日本婦人論 後編」を読む集いは平成29年3月5日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。




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第5回 「日本婦人論 後編」を終えて

2017/01/20 23:46
男女平等がつくる品格のある社会!  
 
 今、世間の風習となり、人々の口の端に言われていることを婦人の立場に立って、日本の発展の為に指摘してみます。

 「妻をめとるは子孫相続の為」と云うのは、「釜(妻)を買うは飯を炊くためだ」と云っているのでしょうか?と言うことは、飯を炊かなければ釜はいらないし、子孫がいらなければ妻もいらないということになります。

 「腹は借り物」と言われます…この世に生まれる子は、父の子で母の子ではない。又、子無き女は去れ。とまで声高らかに言っても返論する者もいない…土地(母)は唯借り物なのでしょうか?婦人の体を道具と視るのは、婦人を無視する口実に過ぎません。恥辱の限りです。栄誉を奪われることは、死んだと同じです。ここに至っては、仮令命を失っても、心を金石の様に堅くして、男子のわがままを防ぎ止めるべきです。
 
 一代の夫婦で、一代の家を興し、系図も夫婦の系図とし、財産も夫婦の財産、夫婦力を協(アワ)せて生涯を終わる。これを「皆老同権の夫婦」と言うのです。
 家にとっても、国にとっても、婦人を一人前の人と認めることは、甚だ利益な事なのです。


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3学期が始まりました。

 昨年に続き、中津市の六年生(約800人)へ「ひびのをしへ」月めくりカレンダーを配布させていただきました。
 思い返せば2015年8月に国が進める東京五輪までに「全国100ヶ所に日本遺産を造る」に声をあげた時、大分合同新聞(東西南北欄)に、中津には諭吉の残した教育遺産がある!と言っていただいた勢いで出来上がりました。
 郷土の偉人を知り、郷土を愛する子供達の心のレガシーはいつかきっと花開く事でしょう




会計報告

お順さん基金
10名(内家族1)=9名×500=4,500円
              エアコン代=▲200円

              基金合計=39,640円

 新しい年が始まりました。
 皆さんの元気なお顔を見る事が出来、とても嬉しく思います。まだ寒い日が続きますが一人でも多くの出席をお待ちしております。先生に負けない様に…(会計 松本ひろ子)


第6回「日本婦人論 後編」を読む集いは平成29年2月5日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。
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第4回 「日本婦人論 後編」を終えて

2016/12/09 00:28
汝、自身を知れ  
 
 籠に飼われた鶯が籠から出るのを知らず、放れ馬が疑いもなく馬舎に帰るように、年月すり餌に養われ飼葉の味に慣れれば花にさえずり、野に駆ける本分も忘れてしまっているのは何と残念な事でしょう。
 「アポロン神殿」に刻まれた言葉にあるように、自分の身の上を知ることが我日本国の男女共に一番心掛けて勤めるべき事です。
 今、儒学者流の『女大学』の大意は、女の七去、五疾、等の女性の寝起、飲食も自由に出来ず、家の外へも、人の付き合いも妨げています。文中の男女の文字を入れ替えて見たらば、男子は有難くこの女大学の教えを納得するでしょうか?

 これを改良するには、儒者の教えを推し進めて、その教えの誤りを直していくのが良い方法だと思います。例えば、「恕」という誠に申し分の無い聖人の教えがあります。…己の心の如くに他人の心を思いやる…男子の身に堪えがたい事は女子の身にも堪えがたいのです。男子に内証があれば、女子にも内証があっていいのです。共に春の花に戯れ、秋の月に遊べる世の中を作りましょう。
 このように恕の教えが男女双方に通用されるようになれば、我々の目標す処はついに「心願成就」となるのです。

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《福田先生の資料より》

 貝原益軒(1630〜1714)著
「女大学」
 女性の心得を家庭生活に限定し、具体的な作法や躾、技能や教養、心構えを力説したもの。殆どの漢字に振り仮名をつけ、大字、平易、平板、簡素、縮約、本文を手習い、読み覚えつつ内容を理解していく女子のための読本用兼習字用教科書


 「養生訓」
 万物のうちにあって、人間を人間たらしめる「人間性」を強調…万物の根源は「理」に基づく「気」の働きによって生ずる…これこそ教育で、上下貴賎無く、男性も女性も一人の例外なく教育を受ける権利と義務がある。

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 封建社会から家長制度へ。戦争も無く、出版技術が進む時代

 時代こそ(200年余)違いがあっても、両先生(貝原・福澤)は女性教育者です。時代と共に変容していかざるを得なかった論争は、まさに「百花咲き乱れ」て第二次世界大戦終了まで続くのです。今では「歴史的産物」となった感はありますが。
 女性として!望ましい家族とは?!
 新年からも引き続き学べると期待しています。

 来年もどうぞ宜しくお願いいたします



会計報告

お順さん基金
11名(内家族1)=10名×500=5,000円
              エアコン代=▲200円

              基金合計=45,240円

▲10,000円(来年のひびのをしえの挨拶状)平成28年12月

平成29年度へ繰越金 35,240円

 先生の元気な1年それにいろいろな参考資料と本のプレゼントなど感謝します。また新しい年に元気にお会いしましょう。(会計:松本ひろ子)


第5回「日本婦人論 後編」を読む集いは
平成29年1月15日(第3日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。



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第3回 「日本婦人論」を終えて

2016/11/08 22:49
【第7、8、最終話】人生家族の本は夫婦にあり  
 
女性(母体)の心身の発達の強壮が望めないこの数百年来の弊害の源は、天然ではなく、人為でなったものだから、人為の工夫に頼るのは勿論ですが。

 大いに改革して、根底より一新、やらなければならないことです。空想のもの、笑い種で終わらせてはいけません。

 責任も無く、快楽もない、日本女性の権利を改良して平等となり、居家の権利も勝ち得たとすると、責任の重さ(心配)が生じてきます。しかし、その「責任を持つ」ということの意義が大切なのです。

 責任(心配)は苦楽共にあるのです。

 良人の言うままに玉の輿にのったつもりが、路頭に迷うより、心身共に元気になろうとする努力は、いかに愉快な事ではないでしょうか。又、女性も権利さえ挽回すれば、夫婦も一層親密になるはずです。その親愛の中に、自ら一片の敬意を加えて、初めて情を全うできます。夫婦の間は情こそあるべきなのです。

 私は男子に向かって多くを求めているのではなく、女性の為に良いことばかりを言っているのでもありません。
 「人間世界の自由快楽は、男女共有のもの」だからです。
 女性の首についた鎖をとってやるべきです。


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 福澤先生の女性論は

 「人倫の大本は夫婦なり」 
 『中津留別の書』(明治3年)留守居町の敗窓の下に記した35才の時より、生涯を通じて福澤先生の一番の関心事について、福田先生はまとめてくださいました。
 
 @母子家庭という環境(母お順さんの影響)
 A3度の海外渡航(女尊男卑に驚くが、決して日本はお手本に
             するべきではないと、強く思われた)
 B『女大学』の出現により自論で反論
  ・権は財に由って生じ、財は権の源
  ・婚姻の権利平等は資産も平等であるべき
  ・人間世界の自由快楽は男女共有
 C家父長制度(明治31年 明治民法)の成立
   旧家族制度(家)が改正された事と外国人雑居で人々の生活
   に新たなモラルが必要思われた。


 「女性の首の鎖を取ってやろう!!」という福澤先生の女性論は当時、相当な批判(家族にも義塾にも受け入れられない)の中一貫した主張は、カッコイイとしか言いようがありません。


会計報告

 お順さん基金
 11名(内家族1)=10名×500=5,000円
             
              基金合計=40,440円

 今年もあと1回。全員参加で締めましょう。体に気を付けて会いましょう(会計:松本ひろ子)

第4回「日本婦人論 後編」を読む集いは12月4日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。



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第2回 「日本婦人論」を終えて

2016/10/05 13:04
【第4】婚姻の自由  
 昔より我が国は多妻を法で禁じていません。
 今、士族は家より公用を先にして、商人は利を重んじて離別を軽んじまています。世間の常識となっている「節婦両夫に見えず」(史記)では、寡婦(未亡人)の再縁を貞節の道に外れると咎め、女性も人生はそうあるべきと信じて、外に向けて不平を言わないのが栄誉のように云われています。一方男子は多妻法の中に悠々として再婚、再々婚をしています。公法に於いても、世間の習慣に於いても、未亡人の再婚は禁じていないのに、女性の運命は憐れむべきものです。

【第5】快楽は情の食物 
 女性が食物に満足しないと、情で体を害します。
 一見健康そうでも、精神が萎縮すると全身に表れ、医者の薬さえ効かなくなります。医者も原因は春情だとわかっていても言いません。儒教流の教えにならって、「淡味小食」を進めて従わなければ不養生と片付けます。男子は反対に過食を注意するだけ。西洋医学では人身形体の栄養に付いては、精粗過不足を詳しく漏らさず教えています。
 今、女性も多少の楽しみ(和歌、歌舞伎、三味線)はありますが、もっと大事な事は食べ物の事なのです。


【第6】儒教の弊害 
 昔、婦女子も字を学び、和歌を嗜み、月、花に戯れてほとんど男子と違いませんでした。ふしだらな交為があったとしても、片方だけを咎める事をしないのは、歴史を振り返ればわかるはずです。女性の進退が今日のように窮屈、不自由になったのは、徳川の治世以来のことです。戦乱が終わり(1615年大坂夏の陣)太平になり、儒教が世間に出廻って来たからです。
 人の私徳を正し、私生活を慎む教えは、その鋒を女性の一方に向けました。衣食住の自由はともかく、快楽の一点では俗に言う「真綿で首を絞めるような」この虚飾は幾百十年に続き、今日の社会の子々孫々に及んでいます。昔の活発で自由だった時代を忘れてしまっていないでしょうか。


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 男女の同権説き続ける。
         日本婦人論から――樋口恵子


 今の私達は太古の昔ではなく、江戸時代から明治にかけての支配的だった近過去に影響をより強く受けている。女性が「心身共に薄弱なのは天然でなく、人為でなったものだ」と諭吉先生は言い切っている。そして自分の工夫で変えるシステムを提示していく。
 家族の根本は夫婦、その夫婦は平等(新姓も有り)女性の視点から置き換える確かさ、鮮やかさ、アイデアの面白さ。的確に人の心に届く言葉で時には妥協も必要と学んだ。明治の初期から男女平等がつくる社会の品格を描き出した。
日本最高紙幣の顔として登場し続けて欲しい。
 
    (福田先生資料 平成17年2月20日大分合同新聞)



 若いUターン者です。
 若いだけに反応も速い!きっと吸収も速いでしょう!仕事に子育てに頑張っていらっしゃる津末麻里亜さんのコメントです。

 「地元中津に戻り、子育てをする中で、我が子に中津の歴史や福澤諭吉先生の事を伝えたいと思った時、自分が無知である事に気が付きました。そんな時にお声掛け頂き、まずは親が勉強しなくては!という思いで参加致しました。初回を終え、福澤先生の教えは、現代社会にも通じるところが多くあり、日々の生活の中で抱える悩みに対する答えを示してくれている様でした。社会人となって改めて学べる事を有難く思います。参加者の皆様の見解も様々で面白く、あっという間の90分でした。次回が待ち遠しいです!!」 




会計報告

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12名(内家族1)=11名×500=5,500円
              エアコン代=▲100円

              基金合計=35,440円

 すごしやすい季節に入って来ました。先生の元気に負けないように皆さんも頑張って読み会に出席して下さい。(会計・松本ひろ子)


第3回「日本婦人論」を読む集いは11月6日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。
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第1回 「日本婦人論」を終えて

2016/09/25 18:24
「日本婦人論」
明治18年6月4日から8回にわたり、時事新報の社説として発表されたもの。


【第1】  
 人種改良については、他力(内外の雑婚)と自力(男女の体質の改良)が言われていますが、等閑(なおざり)に出来ないのは、日本の婦人の心を活発にして好子孫を産んで欲しいからです。
 しかし、私の見る限りでは今の学校現場では期待ができない!と言うのも、人間教育とは、喜び、悲しみ、安定と混乱はその人の責任で教育され、歳月をもって自ら品格も備わっていくものだからです。顧みて日本の女性を見れば、人生において、何ら責任も無く、三界に家無く、子供を産んでも良人の子で預かって育てているだけで何の権も無く、又責任も無い。甚だしい無礼な教育ではないでしょうか。


【第2】 
 日本中の家婦は男子の恵みに依って存在し、安危運命も男子の手中にあるといって云い。どこにも責任が無い代わり、地位は甚だ低く、随て苦楽も甚だ少ない――今の学校教育は唯盆中の松のようです。
 今、教育は儒教主義でいう淑徳謹慎(上品に言行を控える)を教え込み、妨げるどころか害している。私は西洋教育が全部良いとは思っていません。ただ、西洋の女性は私産を有し、その権力も持ち、自ら独立し夫に依存していません。そして男性は女性のする事を禁じたりはしません。日本の女性も第一歩を踏み出して欲しいのです。


【第3】 
 日本女性の憂愁(心配・悲しみ)の最大の原因は自由な恋愛感情が束縛されることです。
 人間は形体(食物)と知識(修業)と情感(快楽)と、この三様を具えて初めて人間と言えるのです。昔から世の学者はこの事を心に思っていても論及しませんでした。私は世論の賛否は気にしません。将来日本の女性が心の活発になる手助けになれば、こんな嬉しいことはありません。人間(女性)は木や石とは違います。感情がある生き物なのです。




会計報告

お順さん基金
12名(内家族1)=11名×500=5,500円
              エアコン代=▲100円

              基金合計=30,040円

暑い毎日もやっと通り過ぎて、すごしやすい季節に入りました。新しい「日本婦人論」に入り、身近に自分を置きかえて考えを深めていけたらいいなあと思い、これからが楽しみです。(会計・松本ひろ子)


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