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中津を粋にする集い

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中津を粋にする集い
ブログ紹介
大分県中津市を中心に在住する
粋なおばさま、おじさまたちによる
中津市を粋な町にしようという集いです。

【写真】
福田一直先生の卒寿記念品
「諭吉音頭 オルゴール」
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第3回「男女交際論」を終えて

2017/10/04 22:49
男女の品行を高尚に

 時事新報に8回にわたって、男女交際論の私の意見を述べてきました。古学者(儒者)の言う、世の中の品行を貞実清浄潔白にという目的は達せられているでしょうか?私は反対に悪結果になっているとしか言えません。
 今では、どこの国も男女交際は穏やかに、自由になっているのに、我国だけ窮屈で、まるで大人を小人扱いしています。
 世界の国では心中(情死)は稀です。が、日本に多いのは何故でしょう?
 社会の圧制で、1年360日家に居ても、外に居ても必ず大礼服(正装)を着ているような窮屈さは、人生これに耐え切れなくて、醜い裸体を見せてしまう。男子はその策に苦しみ、はけ口を花柳の醜行に求めるのです…只、哀れです。今は便服(和服と洋服を合わせたもの)があるように、今少し寛大であれば、打ち解けて情を通じ合い、知らず識らずの内に、女は男に学び、男は女に教えられて、日常生活にも思いもしない大利益があるに違いないのです。


小心者の古学者達は危険だ!と言う者がいるでしょう。
では、古来のままでいいのでしょうか?人の情を痛めつけ、生身の男女を憂鬱にし、心の弱い小人は醜行を行い、君子は陰に隠れて、自らを慰めていただけではないでしょうか?

 社会の圧制には愛想も尽き果てました!!
 私の言う、男女の品行を高尚にする男女交際を始めましょう。
 私は皆さんと共に、断じて戦い抜く覚悟です。(明治19年6月3日)


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明治30年(1897年)ごろの山国川の港と鉄橋


〇大阪冬の陣(1614年)夏の陣(1615年)の後、荒廃した町も人も商業の復興によって、芝居小屋、歌舞伎、廓等の発達で安泰していく中、中津も商業の町として発展していく。

〇福澤先生の慶応義塾大学1分校として明治4年来(1871年)、中津市学校(洋式英学校)が開校されるが、西南戦争や、他校の成長により、明治16年閉校となる

〇昭和4年4月「中津市」誕生

〇福澤旧邸は昭和46年6月22日付けで国指定重要文化財「史跡」となる。


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 日本婦人論、日本男子論、男女交際論と読んできました。
 集いの中から今も現役の働者の黒田幸子さんに感想を聞いてみました。

『福澤諭吉先生は、家に男尊女卑の悪習を醸している事は、非常に不幸な事であり、最も憐れむ事だと驚き、また嘆いています。古来家の血統を重んずる国風があり、その目的を達するが為には、男子にとって一夫多妻が便利である。家名断絶をなくす為と、表向きは最もらしい大義名分を通す。家の中でも、社会においても、女性は居ても無きに等しい存在!これをただ、ただ、疑問を感ずる事無く受け入れてきた女性達、女子教育が無いが為に生じた最も不幸な歴史である。今は男女平等、男女共同参画社会と詠われ、女性の地位もはっきりと向上している。しかし、これに甘んじる事無く、私達も多方面で学ぶ事を怠らず、男女交際、国際社会の交流に至るまで、現代社会に生きる者として、知識はもとより、人間の品格の向上に努めなければならない。先人の名誉と功績に報いる為にも…。

 最後に、毎回惜しむ事無く、ご自身のあらゆる知識を私達に与えて下さいます、福田一直先生に心から深謝申し上げます。そして、これからも「中津を粋にする集い」が、ますます充実した楽しい集いである事を願っています。



会計報告

お順さん基金

9名×500=4,500円
                 
        基金残高 32,200円

先月、風邪をひいたことがない…という先生が風邪をひかれた中、私達のために出てきてくださり、頭が下がります。皆さんも負けずに出席してください。(会計:松本ひろ子)
              

11月の「男女交際余論」を読む集いは11月5日(第1日曜日)午後6時〜午後7時30分を予定しています。
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第2回「男女交際論」を終えて P115〜127

2017/09/05 23:38
「解語の花」と「有情の松柏」の人間(ジンカン:社会)

 今日の無情殺風景の文明が遅々として発展しないのは、和漢の学者の罪であると、前回述べました。
 しかし、万物の霊である人類の頭脳や感性の進化は、きん獣にはない情交の交際に現れました。形体の醜美を選ぶことなく、男は女を近づけ、女は男を愛するのは、精神的な交わりが現れたのもだと言っていい。解語の花(男子が美女子を褒める)とか、有情の松柏(女子が美男子を褒める)とは、情交の妙処の言葉です。生まれ、語られて、伝えられて来たのに、徳川太平250余年の時代古人は、相近づく不可、相語る不可、触るる不可…と、婦女子を人間交際の外に排斥し、いても居ない如くの地位にしてしまったのは、日本国の一大不幸と言うべきです。

 一度この習俗に天下が圧制されると有力者といえども、これに抵抗出来ない圧制の社会となってしまいました。
 社会圧制の婦人の状況といえば他人との集合の席に出ず、出たとしても談笑せず、飲食せず、他家に来訪することもなく、朋友もいない。この様な事では肉体の生はあっても、精神の生はない。女性の不愉快は男性の不愉快なのです。双方が自由であれば嫉風妬雨(身を苦しめる嫉妬)も桃李春風(極楽)の世界が作られるでしょうに!

 この国を維持する国力は男性の理解と協力で自由となった半数の女性であると知るべきです。人生の至情において、誰が自分の妻を親愛しない者がいるでしょうか!!(明治19年)




会計報告

お順さん基金

12名(内家族1)11名×500=5,500円
        エアコン代=▲100円
                 
        基金残高 27,700円
              

 灯ろう祭り(8月9日)と耶馬溪千本づき(8月26日)と、今年も諭吉音頭をたくさんの方々と踊って来ました。あと少し暑い季節と思います。来月も又元気でお会いしましょう(会計・松本ひろ子)

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第3回「男女交際論」を読む集いは10月1日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。

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第1回「男女交際論」を終えて

2017/08/09 23:19
人間(ジンカン:社会)交際

 漸く字の読む通り、社会交際(朋友、同業、同学、同国)の相互いの往復が始まりましたが、残念な事に唯、尚、男子間だけのことで、日本文明もまだまだ誇れるものではありません。

 数千年来の古人の教え(儒学)は未開人に対して始まった教えでした。今や人智の進んだ世界ともなれば、その時々の人心に適合するよう改良されるべきなのに、一心一向に死守し、極端に走っています。人間(社会)習慣の至大至重の問題を、古今の学者が軽々しく看過ごしている責任は重大です。

 儒学では(君子ならざれば小人)(孝ならざれば不孝)(忠ならざれば賊)と、その間に一毫の余裕を許さない二分法は、私の最も合点しない所です。又、男女間では夫婦別あり(他人のように礼を尽くす)、男女席を異にすべし(礼記)男女を陽と陰と名付け引き離す。学者の脳中には貞実と婬乱の思想があるのみ。その貞と婬の中には無限の妙処があることを忘れています。西洋では、男女を電極のSN極のように互いに相衝き、相近づき、相親しみ、その中には無限の情があると説いています。獣、草木、生きるものすべて、まして万物の霊たる人類は尚の事です。男女を引き離すばかりの儒者の心の狭さは見過ごせません。

 男女の交際には肉体の交(まじわり)と情感の交があります。肉交は肉交のみを以て終わるべきではありません。双方、相互に会話し、同食して言わないまでも無限の情を感じるのは山水の景勝に遇って感動し、南風を薫ずる様…これを情感の交といいます。肉交、情交どちらも至大至重で、どちらも欠いてはなりません。(明治19年5月26日)


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福田先生の資料より@

米軍伝単・・・自由主義のすすめ
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慶應義塾 福澤諭吉協会理事
西川 俊作

 本土空襲も酣(たけなわ)の1945年2月半ば、アメリカ軍は日本国民の心理攪乱、戦意阻喪を目的とした謀略伝単(宣伝ビラ)を全国各地の上空より大量に散布した。
 内容は・・・

 @福澤肖像は画でなく写真。
 A「天は人の上に・・・」(学問のすゝめ)から引用されていた。
 B筆者は日本人の公算が強い。
  言語上の改善は、捕虜日本兵士が加わって作成した(らしい)

 

 福田先生資料よりA
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 昭和9年真山青果作「福澤諭吉」
 明治3年秋、中津に母お順を迎えに行き、その帰途、大坂の蔵屋敷に居た親戚藤本箭山に寄留したときの出来事、三幕

 登場人物:諭吉、お順、朝吹、中上川、増田、藤本



会計報告

お順さん基金

8名(内家族1)7名×500=3,500円
       エアコン代=▲100円
                 
        基金残高 22,300円
              

 台風の心配をしながらの読み会でしたが、無事に出来ました。暑い毎日が続いております。体には十分気を付けて9月にお会いしましょう。(会計・松本ひろ子)

第1回「男女交際論」を読む集いは9月3日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。






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第4回 「日本男子論」最終編を終えて 

2017/07/12 23:35
文明世界の中の日本 

 本編の趣旨は、人間の道徳の根本は夫婦の間にある。私徳は公徳の母と唱えて来ました。今や日本は日本だけでの日本ではありません。世界万国に対して文明世界の中の日本です。多妻法は断じて許されるものでなはなく、後世子孫に禍を残すだけでなく、自国の名声を害する罪人なのです。
 女教の「女大学」に於いても、女子の天性が男子より劣り、女は陰性で陰は暗等と妄漫無稽(モウマンムケイ:乱れてでたらめ)な教えもありますが、大抵はその教えを男子にも従わせたなら、男女の権力を平等にする事が出来るものです。

 「居は志を移す」(孟子)と言います。今まで男子の不品行にも係わらず…社会の栄誉が地に落ちなかったのは、良家の婦女子のおかげです。日本の婦女子は西洋の婦人と相対しても不作法な振る舞いも無く、能くせざる所を能くして、耐えざる所を耐え、我が日本の国光として誇れるのもです。この良家の婦女子が有形無心の文明に誘われて、漸く活発に移る最中です。それはあたかも我日本未曾有の家屋(婦人の地位を高尚にする新案)が新築されていくようです。
 私はそれに賛同する者ですが、男子の遠慮の無い不品行の火種は百事を投げ打ってでも、その火を消さなければなりません。満目焔々(目先の問題)の大火の消火に忙しくして新築に関わる暇がありませんが、婦人の安らかな居住の改良に着手するため、筆力のあらん限りを尽くすつもりです。完
(1888年 明治21年1月24日)


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福田先生の資料より
 
☆漫談(9人の子供達)☆


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 もし、9人の性格を全部一人に集め備えた子供が現れていたら、必ずや親の再来といわれる大人物になっていただろう。深さと強さと独創性、ひと口に云って偉大さにおいて、とても比較にならないと思う(清岡暎一)



会計報告

お順さん基金

13名(内家族1)12名×500=6,000円
             エアコン代=100円
                 
            基金残高 18,900円
              

 大勢の参加とてもうれしく思います。自分の机があるというのは今までと違った思いではないでしょうか?来月も一人でも多くの参加を楽しみにしております。(会計・松本ひろ子)

第1回「男女交際論」(P101〜)を読む集いは8月6日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。
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渡米して来ました!! 2017年6月29日(木)〜7月4日(火)

2017/07/09 23:39
☆ in ニューヨーク(人口850万、時差14時間)

 米の玄関とも言えるハドソン川河口のリバティ島に、アメリカ独立100年を記念して、仏から送られた「自由の女神」に出迎えられました、右手に移住者たちの希望を表す松明、左手に独立宣言書(1776年7月4日)を持つ93m(台座共)の世界遺産です。

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☆タイムズ・スクエアは世界人種の交差点

 世界中の広告、巨大ディスプレイの街、近くには聞き慣れた名所、五番街、トランプタワー、ブロードウェイ…さすがニューヨークです。

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☆メトロポリタン美術館(富豪たちが作り上げた,世界3大美術館の1つ)
 日本館は竹工芸展を開催中。

☆グラウンド・ゼロ (2001年9月11日、マンハッタン・ワールドトレードセンター崩壊)
 グラウンド・ゼロとトランプタワーの対比が印象的でした。
 
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☆ in シカゴ (人口270万)

 今回の旅の目的地、シカゴはライオンズクラブ発祥の地で今年100周年を迎えます。創立者メルビン・ジョーンズ氏のお墓にお光様(黒田官兵衛の妻)のブローチを供えて来ました。
 アル・カポネが活躍した街のイメージに反して「シンプル イズ ベスト」、「自由は規則によって」…日本ほど自由な国はないですよ!というガイドさんの言葉に福澤諭吉先生の「社会の秩序を維持するには堪忍より大切なるは無し」の言葉を思い出します。

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おめでとう 中津

2017/06/13 08:29
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「他人に文句を言うより自分でやりなさい。」
(学問のすすめ16編)第2弾


 いつも利用させてもらっている北部集会所へ、補助デスクを寄贈させていただいた所、市長と懇談出来る機会をいただきました。
 
 懇談の日、中津市へお祝いのプレゼントとして、お順さんのブローチと夫と離別して子供5人を連れて中津に戻った第一歩の場面「お順さん中津からの出立ち」を人形にして伺いました。
 以前、市長は「今一番会いたい人は?」の質問に「福澤諭吉先生」と答えられた方だけに、諭吉先生の話に花が咲いた事はもちろん!殊に今回「耶馬溪競秀峰が日本遺産に決定!」を、市長と共に喜び合えたことはうれしい限りでした。
 益々、粋になる中津が楽しみです。



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第3回 「日本男子論」を終えて P 183〜193

2017/06/07 23:08
後世子孫の幸福 

 外国と交際を開いた今思う事は、政治(人)社会は潔清無垢で、一点の汚痕もあってはならない事です。又、外国人に我、日本国の事情を知ってもらう事も大切です。外国人に日本国中外観を飾り、西洋流の文明開化にならい、労して功無く、費やして益の無い事が行われていますが、居然自得(あくせくせず悟る)して、ありのままのアジア人日本を知ってもらうべきです。

 外国人のヤソ教についても、ヤソの教えは果たして立派で立国に必要ならば、我国にも無名の教民がたくさん居て、決して日本は不徳の国ではありません。…只、男女関係(交際)論に及べば、今の醜行を恥じずにはいられません。

 日本には未だ、真実の家族は無い!家族が無いという事は国も無い!…未だ国を成していない状態です。早急に我国軽薄男子は、徳義上の過ちを改めなければなりません。内行の醜美は、自身の内の問題ですが、今流行のコレラ毒と同じように、一点の汚痕は、精神を腐敗せています。何の言い逃れも出来ません。

 後世子孫の幸福とは、何をもって最もとするか 
 「独立の対面を維持し、日本国の栄名を不朽に伝える。」事、日本男子は身を思い、国を思っていただきたい。



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※八重
 (緒方洪庵の妻)


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 諭吉を育てた二人の母。
 両性の協力が新しい家、新しい社会の構成の単位となるだけでなく、文学、教育、実学に於いて女性は社会に貢献すべきである。(諭吉)




会計報告

【お順さん基金】
@ 6名(内家族1)5名×500円=2,500円
                ▲100円(エアコン代)
A  57,640円(前月基金合計)
  ▲42,040円(寄贈机代)           
   ▲5,000円(市長お土産人形代)      
6月4日現在 (@+A)基金残高 13,000円
              
 寄贈する机が届きました。今回欠席の方も来月楽しみにお越し下さい。(会計・松本ひろ子)




第4回「日本男子論」最終話を読む集いは7月9日(第2日曜日)※変更されています。
PM6時〜7時30分
を予定しています。



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第2回 「日本男子論」を終えて P177〜P183

2017/05/10 20:46
君子の身の位(品格) 

 主人が家内を軽く見て、風波の動揺を胸中に持っている家で、日々、夜々、子女達が養育されれば家の貧富に関係なく、和気悠々として春を思わせる幸せな家庭が出来るはずがありません。
 品格のある君子とは「屋漏に恥じざる(詩経:人の見ていない所でも恥ずかしい行いをしない)」…の一義です。
 読書生や僧侶のように難しい事を忍んだり、他の人が出来ない事を努力し、精神を高所に進めれば、醜世界に生きる身でありますが、精神は一度定まれば、その働きは人倫の範囲に留まらず社会教育の運動となり、浩然の気(孟子:何ものにも屈しない勇気)は浮世の汚穢(オワイ)にも妨げられるどころか寛大となるでしょう。

 今、国を立てようとする時、私は無学無術な人と共に在ても、有智な妖怪とは志を共にしようとは思いません。時事新報(10/6〜12)に述べましたが、後世万々年に伝えたい事は「社会の公徳の元は家の私徳にあり!」即ち、戸外の義士は家内の好主人であると言うことです。封建制度にも決して許されない不品行が今日も平然と行われているのは、何のための学術技芸なのでしょうか。 


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 お順さんは中津の三賢母。(島田虎之助)
 歴史を創った偉人の母17人。(御母堂物語)
 に取り上げられています…少しずつ見えて来ましたね。


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会計報告

 お順さん基金
 5名×500=2,500円             
 基金合計=55,140円

 連休のためか皆さん集まりが悪くとても残念…な5月でした。
 皆さんの承認を得てお順さん基金で補助デスクを長年お世話になっている北部集会所へ寄贈させてもらおうと決めました。6月4日の集いから使えます。お楽しみに!!(会計・松本ひろ子)


第3回 P183〜「日本男子論」を読む集いは6月4日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。





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お順さんと大阪

2017/04/11 00:01
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 お順さん(20才)と百助さん(32才)の新婚時代(12年間)の地、大阪を訪ねてきました。

 5人の子供を産み育んだ大阪堂島玉江橋北詰にあった中津藩蔵屋敷での生活はドラマになれば貧しいながらも幸せで生き活きと暮らすお順さんが描かれることでしょう!!


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玉江橋工事中の写真は、夫を亡くし、5人の子供を連れ傷心の帰郷をした安治川口の船着き場のあった場所は、わかりませんでしたが、かつての住居に一番近い玉江橋を見つけて感激でした。

(たの)しむという意の適塾
「先生の平生、温厚篤実、客に接するにも、門生を率いるにも、諄々として対応倦まず(丁寧に諭し教える)、誠に類ひまれなる高徳の君子なり」(福澤諭吉)


 我集いが応援している、黒田武士顕彰会のメンバー(中津沖代ライオンズクラブ)が、姉妹提携をしている御縁で、大坂福島ライオンズクラブに訪問し、協力をお願いしてまいりました。会員28名の皆様には、もちろん、粋にする集いオリジナルの「ひゞのをしへ」と諭吉を抱いた「お順さんブローチ」のお土産でよろこんでいただきました。


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           ブローチ製作:黒田幸子






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第1回 「日本男子論」を終えて

2017/04/08 02:24
夫婦親愛恭敬の徳は
天下万世百徳の大本
 

 世の中の始まりは我が日本に於いては、独化の神「国常立尊(クニトコタチノミコト)」があって、後に夫婦の神「伊弉諾尊(イザナギノミコト)」、「伊有弉冉尊(イザナミノミコト)」で始まりました。
 夫婦以来、初めて人生至大至重の道徳の必要が始まったのです。その必要性は幾百千年を経る間に、一国一社会を創っていく大本である百徳(茲、考、悌、友)を生じてゆきます。
 起源である一対の夫婦から生じた百徳には、家内の徳(私徳の情)と家外の徳(公徳の道理)がありますが、漢の道徳論者の間違いは、社会の維持、繁栄、幸福を求めるあまり、家外を先にして家内を後回しにしたことです。私徳の情の恭敬が出来てこそ、公徳の道理も円満にゆく。万物の霊である人の人たる所以の敬の意も成されるのです。

 栄枯無常の人間世界にあって、さて一夫多妻、一婦多男は果たして天理に叶う事か?私は断じて反対です。なぜかと言いますと、古今世界を見ると、いずれも一男多妻を禁じられていない事実は、家名(跡継ぎ)を重んじる由と怒(ユル)すとしても、歳月を経る内に最も不幸は、男尊女卑の悪習が子孫に圧制卑屈の根性となったばかりか、美事と誇る者がいるからです。表に破裂しないだけで、動揺は互いの胸中に充満しています。


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福田先生資料より
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 福澤先生は公権力が人民の内面に干渉したり、学校制度を通じて忠君愛国思想を注入しようとしていると批判した先生の進歩的立場は、明治14年に変化(挫折)する。又、明治17年〜18年の清仏戦争はヨーロッパの東アジア植民地化の動きに強い危機感を抱く。


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                 平成29年3月28日大分合同新聞より

 先日孫がランドセルを背負った姿を写真で見せてくれました。古いランドセルは発展途上国の子供へ送る活動もなされているとか…久々に日本の「もったいない」の心に触れたすがすがしい記事でした。

 そうだ!上津小学校から中学校へ巣立った一人の6年生だから、中津を粋にする集いがプレゼントした「ひびのをしへ」が届いているはず!!…と、益々うれしくなりました。

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}会計報告

お順さん基金
10名(内家族1)=9名×500=4,500円
            エアコン代=▲200円

           基金合計=55,140円

 桜が咲き始めだんだん日一日と暖かい日が近づいて来ました。一人でも多くの人が先生のお話を聞けることを願います。(会計・松本ひろ子)


第2回P176〜「日本男子論」を読む集いは5月7日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。



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「日本婦人論 後編」(最終回)を終えて

2017/03/07 22:53
国際人としての日本女性を期待す  
 
 世間の反応を待つまでもなく、我々が進めて来た西洋風を取り入れた文明開化はなされましたが、気になることがあります。それは今の日本女子の無智勘弁(無智をわきまえる)であります。

 むやみに読み書きの代わりに洋語を語り、物知り顔で針をもつことを忘れ、目上の人を見下して出しゃばるばかりか、男子に向かっても憚る色もなく、言葉粗く、立ち居振る舞いも穏やかでなく、酒も煙草も…俗に之をオテンバと言う。けれど、そのオテンバは男子のグズに比べればまだまだ矛和です…昔同じ言語挙動、同じ礼儀会釈をしても女子なるが故に咎められ、男子なるが故に許される世の中でした…そんな不公平はあってはなりません!

 日本婦人論は面白く、新奇!新奇!と浮かれて誤るだけでなく、遂には全く趣意を逆さまに解する者が出て来ております。この事は記者の筆の表現法のまずい罪でありますので、大いに反省せねばなりませんが、誤っていたと止めることはいたしません。
 30年前我国が開国した折、不都合な者(事)がたくさんありましたが、年月が過ぎる内、自然と外国との交際にも慣れ、世間は穏やかになりました。
 
 家のため国のため女性を引き上げ、国際人としての日本にする日本婦人論の奥意は理解されて行く事でしょう。

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愛のみならず、敬によって結ばれた夫婦関係
一代の夫婦で系図も夫婦の系図。夫婦相互の経済的自立…まさに21世紀の家族像です。


 読み進む箇所、個所で、諭吉先生から頭を小突かれ、小突かれっぱなし 最後は「今の日本女子の無智勘弁さになさけない」と言われました…古希の進むべき道を示してくださったありがたい日本婦人論でした。


 我が集いのお宝!骨董品!生き字引!必殺遊び人!マルチ先生こと後藤文子さんのコメントです。
 
 『諭吉の婦人論を読み終わった。読み進むにつれて母の人生と重なり、母を思うことしきり。昭和12年生まれの私は今年80才になった。母の年齢を越えた今、母を思う。洗濯機も電気釜も無かった時代、寝たきりの祖母の世話を6年もした。山移川に寒い日、雪の洗濯に行く。社会的に常識人であった父のねぎらいの言葉を一度も聞いたことがなかった。そして祖母が亡くなる。すぐに横の家のじいちゃんが寝込んだ。息子夫婦は働きに行く。見かねた母は少しお世話をした。集落でうわさになり、「ヨシ子さんはまだ年寄りの世話が仕足りんじゃろう」とうわさされた。その悪口を聞くと私の前で狂ったように泣いた。子供もそれぞれ家を出て父と二人の平穏な日々は長く続かなかった。膵臓癌が見つかり末期であった。ベッドの脇の父と私に「いい時きゃ、ちょっとん間」と言った言葉が今も頭から離れない。男性は長年連れ添った伴侶に優しい言葉を。「すまんの」、「おおきに」の優しい言葉を。伴白髪となればなおのこと、いたわりの言葉を。昨日は言いましたか?今日はどうですか?』

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             「絵手紙」: 後藤文子





会計報告

  お順さん基金
  12名(内家族1名)×500=5,500円
    エアコン代=▲100円

     基金合計=50,840円

 女性論が済み、今度は男性論です。みなさんの現実と比べられることができるでしょうか?(会計 松本ひろ子)


4月の(P167〜)「日本男性論」を読む集いは平成29年4月2日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。



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第6回 「日本婦人論 後編」を終えて

2017/02/09 00:13
敬意があらざれば、妻を視ること犬猫の如し  
 
 今、一般の良家でも、西洋文明の学者でも、男女同権と聞いて怒る人はいないことはない。儒者の地金(表)と文明のメッキ(裏)を都合次第に使い分け、妻を愛することは知っていても、敬することは知らない。その敬とはどういうことなのでしょう。
 何一つ不自由なく、衣食も十分、世間から見ても結構な夫婦でも、精神の事を軽んずる時は、飼い犬に二汁五菜を食わせ、猫に錦の着物を着せるようなもので、只、愛するだけで、敬しているとは言えないのです。

 近来、わが国に国会が開設する勅諭(天皇からの告げられた文書)が出されました。
 そもそも国会とは、国中の人民が政事(まつりごと)に参加するのです。政府の役人ばかりで独り占めにするのではありません。家の男子を政府に、女子を人民にたとえて見ますと、果たして圧制としか、専制としか言いようがありません。男子が家の財産を婦人に告げず、家の内外の事にくちばしを入れさせないと、尚甚だしいのは、男子が不品行を犯して快楽をほしいままにして婦人を家に閉じ込め、自由を奪っている。暴政府が百姓(民)を苦しめている事に、違いはありません。
 国会を司る人物は、圧制専制の家より出頭し、一家では唯我独尊無理無法の者たちと、答えるしかありません。

 家と国とは、成る程、別のものと言うのであれば、なにとぞ国会も、家会も、婦女子に敬を持って家政参与の権を与えていただきたい!!


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大観院独立自尊居士
福澤諭吉先生117回忌(平成29年2月3日)


 今年の講演会は、我集いは繙く事が出来ないであろう「文明論の概略」(宮内環センター所員)でした。

 私ははからずも、宮内先生と「パリの福澤諭吉」(山口昌子著)のお二人に出逢えて(講演と本の中ですが)感動ものです…。
 本は文久遣欧使節団(1862年)での事ですが、諭吉先生の三大事業(慶応義塾、時事新報、交詢社)へと展開してゆく礎となる、ありとあらゆるものから、ありとあらゆることを吸収する1年余が垣間見られます。
 そして、国を愛する27才の青年諭吉がさて、日本国はどうすればよいか?どうあるべきか?と、40才で書き上げた文明論の概略です。

 「すばらしく立派で、こんな読み応えのある書は他にない」
                            (宮内先生談)

 …何だか読みたくなりました。

 パリの写真家ポト―も、内部から燃え上がるかのような熱いオーラに惹かれて、思わず斜め横から(皆は2枚なのに)例外的に三枚目の写真のシャッターを切ってしまったのでしょう。


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会計報告

  お順さん基金
  12名×500=6,000円
    エアコン代=▲200円

     基金合計=45,440円

 記念講演も無事に済み、出席された方は話を聴かれて身近に感じたのではないでしょうか。より一層これからの読み会が続けられたら良いですね。(会計 松本ひろ子)


第7回(最終回)「日本婦人論 後編」を読む集いは平成29年3月5日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。




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第5回 「日本婦人論 後編」を終えて

2017/01/20 23:46
男女平等がつくる品格のある社会!  
 
 今、世間の風習となり、人々の口の端に言われていることを婦人の立場に立って、日本の発展の為に指摘してみます。

 「妻をめとるは子孫相続の為」と云うのは、「釜(妻)を買うは飯を炊くためだ」と云っているのでしょうか?と言うことは、飯を炊かなければ釜はいらないし、子孫がいらなければ妻もいらないということになります。

 「腹は借り物」と言われます…この世に生まれる子は、父の子で母の子ではない。又、子無き女は去れ。とまで声高らかに言っても返論する者もいない…土地(母)は唯借り物なのでしょうか?婦人の体を道具と視るのは、婦人を無視する口実に過ぎません。恥辱の限りです。栄誉を奪われることは、死んだと同じです。ここに至っては、仮令命を失っても、心を金石の様に堅くして、男子のわがままを防ぎ止めるべきです。
 
 一代の夫婦で、一代の家を興し、系図も夫婦の系図とし、財産も夫婦の財産、夫婦力を協(アワ)せて生涯を終わる。これを「皆老同権の夫婦」と言うのです。
 家にとっても、国にとっても、婦人を一人前の人と認めることは、甚だ利益な事なのです。


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3学期が始まりました。

 昨年に続き、中津市の六年生(約800人)へ「ひびのをしへ」月めくりカレンダーを配布させていただきました。
 思い返せば2015年8月に国が進める東京五輪までに「全国100ヶ所に日本遺産を造る」に声をあげた時、大分合同新聞(東西南北欄)に、中津には諭吉の残した教育遺産がある!と言っていただいた勢いで出来上がりました。
 郷土の偉人を知り、郷土を愛する子供達の心のレガシーはいつかきっと花開く事でしょう




会計報告

お順さん基金
10名(内家族1)=9名×500=4,500円
              エアコン代=▲200円

              基金合計=39,640円

 新しい年が始まりました。
 皆さんの元気なお顔を見る事が出来、とても嬉しく思います。まだ寒い日が続きますが一人でも多くの出席をお待ちしております。先生に負けない様に…(会計 松本ひろ子)


第6回「日本婦人論 後編」を読む集いは平成29年2月5日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。
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2017年 明けましておめでとうございます。

2017/01/01 00:00
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 新年最初の「たなくじ」(NHK:Eテレ)は「大躍進の1年」に気を良くしているのですが、

 何が???が謎です…。

 でも夢がある限り老いないと言いますから「今が青春」の銘を胸に抱いて七十路を羽ばたいて行きたいと思います。今年もどうぞ宜しくお願いいたします。







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第4回 「日本婦人論 後編」を終えて

2016/12/09 00:28
汝、自身を知れ  
 
 籠に飼われた鶯が籠から出るのを知らず、放れ馬が疑いもなく馬舎に帰るように、年月すり餌に養われ飼葉の味に慣れれば花にさえずり、野に駆ける本分も忘れてしまっているのは何と残念な事でしょう。
 「アポロン神殿」に刻まれた言葉にあるように、自分の身の上を知ることが我日本国の男女共に一番心掛けて勤めるべき事です。
 今、儒学者流の『女大学』の大意は、女の七去、五疾、等の女性の寝起、飲食も自由に出来ず、家の外へも、人の付き合いも妨げています。文中の男女の文字を入れ替えて見たらば、男子は有難くこの女大学の教えを納得するでしょうか?

 これを改良するには、儒者の教えを推し進めて、その教えの誤りを直していくのが良い方法だと思います。例えば、「恕」という誠に申し分の無い聖人の教えがあります。…己の心の如くに他人の心を思いやる…男子の身に堪えがたい事は女子の身にも堪えがたいのです。男子に内証があれば、女子にも内証があっていいのです。共に春の花に戯れ、秋の月に遊べる世の中を作りましょう。
 このように恕の教えが男女双方に通用されるようになれば、我々の目標す処はついに「心願成就」となるのです。

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《福田先生の資料より》

 貝原益軒(1630〜1714)著
「女大学」
 女性の心得を家庭生活に限定し、具体的な作法や躾、技能や教養、心構えを力説したもの。殆どの漢字に振り仮名をつけ、大字、平易、平板、簡素、縮約、本文を手習い、読み覚えつつ内容を理解していく女子のための読本用兼習字用教科書


 「養生訓」
 万物のうちにあって、人間を人間たらしめる「人間性」を強調…万物の根源は「理」に基づく「気」の働きによって生ずる…これこそ教育で、上下貴賎無く、男性も女性も一人の例外なく教育を受ける権利と義務がある。

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 封建社会から家長制度へ。戦争も無く、出版技術が進む時代

 時代こそ(200年余)違いがあっても、両先生(貝原・福澤)は女性教育者です。時代と共に変容していかざるを得なかった論争は、まさに「百花咲き乱れ」て第二次世界大戦終了まで続くのです。今では「歴史的産物」となった感はありますが。
 女性として!望ましい家族とは?!
 新年からも引き続き学べると期待しています。

 来年もどうぞ宜しくお願いいたします



会計報告

お順さん基金
11名(内家族1)=10名×500=5,000円
              エアコン代=▲200円

              基金合計=45,240円

▲10,000円(来年のひびのをしえの挨拶状)平成28年12月

平成29年度へ繰越金 35,240円

 先生の元気な1年それにいろいろな参考資料と本のプレゼントなど感謝します。また新しい年に元気にお会いしましょう。(会計:松本ひろ子)


第5回「日本婦人論 後編」を読む集いは
平成29年1月15日(第3日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。



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第3回 「日本婦人論」を終えて

2016/11/08 22:49
【第7、8、最終話】人生家族の本は夫婦にあり  
 
女性(母体)の心身の発達の強壮が望めないこの数百年来の弊害の源は、天然ではなく、人為でなったものだから、人為の工夫に頼るのは勿論ですが。

 大いに改革して、根底より一新、やらなければならないことです。空想のもの、笑い種で終わらせてはいけません。

 責任も無く、快楽もない、日本女性の権利を改良して平等となり、居家の権利も勝ち得たとすると、責任の重さ(心配)が生じてきます。しかし、その「責任を持つ」ということの意義が大切なのです。

 責任(心配)は苦楽共にあるのです。

 良人の言うままに玉の輿にのったつもりが、路頭に迷うより、心身共に元気になろうとする努力は、いかに愉快な事ではないでしょうか。又、女性も権利さえ挽回すれば、夫婦も一層親密になるはずです。その親愛の中に、自ら一片の敬意を加えて、初めて情を全うできます。夫婦の間は情こそあるべきなのです。

 私は男子に向かって多くを求めているのではなく、女性の為に良いことばかりを言っているのでもありません。
 「人間世界の自由快楽は、男女共有のもの」だからです。
 女性の首についた鎖をとってやるべきです。


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 福澤先生の女性論は

 「人倫の大本は夫婦なり」 
 『中津留別の書』(明治3年)留守居町の敗窓の下に記した35才の時より、生涯を通じて福澤先生の一番の関心事について、福田先生はまとめてくださいました。
 
 @母子家庭という環境(母お順さんの影響)
 A3度の海外渡航(女尊男卑に驚くが、決して日本はお手本に
             するべきではないと、強く思われた)
 B『女大学』の出現により自論で反論
  ・権は財に由って生じ、財は権の源
  ・婚姻の権利平等は資産も平等であるべき
  ・人間世界の自由快楽は男女共有
 C家父長制度(明治31年 明治民法)の成立
   旧家族制度(家)が改正された事と外国人雑居で人々の生活
   に新たなモラルが必要思われた。


 「女性の首の鎖を取ってやろう!!」という福澤先生の女性論は当時、相当な批判(家族にも義塾にも受け入れられない)の中一貫した主張は、カッコイイとしか言いようがありません。


会計報告

 お順さん基金
 11名(内家族1)=10名×500=5,000円
             
              基金合計=40,440円

 今年もあと1回。全員参加で締めましょう。体に気を付けて会いましょう(会計:松本ひろ子)

第4回「日本婦人論 後編」を読む集いは12月4日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。



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「ひびのをしへ」韓国語に

2016/10/27 23:46
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 学問のすゝめ十六編
 「他人に文句を言うより、自分でやりなさい!」

…の言葉にうながされて、「多くなった韓国の観光客にあったらいいのに!」を実現しました。
 
 私に韓国の友達である慎仙花さんと、筆ペン教室の先生のご子息で書道家の菅賢太さんという強い味方がいたから、すんなりと韓国盤「매일의 교훈」を作ろう!と思い立てたのだと思います。
 
 そのできたてホヤホヤの冊子をお土産に晋州市へ行ってきました。
 中津市のJCは晋州市のJCと40年来の姉妹都市だそうです。この40年で40万の大都市になった晋州市は、茶芸の最も盛んな町で韓日交流茶会は大変な歓待を受けて、楽しい思い出となりました。諭吉先生のひびのをしへ…記念となる小さな一歩でした。
 
 夢は膨らみます。

 集いのオリジナル小冊子はきっかけに過ぎません。
 日本の誇るあのすばらしい「学問のすゝめ・初編」(初編だけでいいのです)が、韓国語版、英語版、中国語版等と翻訳されて、世界へ大きく門戸を開いている中津市から発信する夢です。


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第2回 「日本婦人論」を終えて

2016/10/05 13:04
【第4】婚姻の自由  
 昔より我が国は多妻を法で禁じていません。
 今、士族は家より公用を先にして、商人は利を重んじて離別を軽んじまています。世間の常識となっている「節婦両夫に見えず」(史記)では、寡婦(未亡人)の再縁を貞節の道に外れると咎め、女性も人生はそうあるべきと信じて、外に向けて不平を言わないのが栄誉のように云われています。一方男子は多妻法の中に悠々として再婚、再々婚をしています。公法に於いても、世間の習慣に於いても、未亡人の再婚は禁じていないのに、女性の運命は憐れむべきものです。

【第5】快楽は情の食物 
 女性が食物に満足しないと、情で体を害します。
 一見健康そうでも、精神が萎縮すると全身に表れ、医者の薬さえ効かなくなります。医者も原因は春情だとわかっていても言いません。儒教流の教えにならって、「淡味小食」を進めて従わなければ不養生と片付けます。男子は反対に過食を注意するだけ。西洋医学では人身形体の栄養に付いては、精粗過不足を詳しく漏らさず教えています。
 今、女性も多少の楽しみ(和歌、歌舞伎、三味線)はありますが、もっと大事な事は食べ物の事なのです。


【第6】儒教の弊害 
 昔、婦女子も字を学び、和歌を嗜み、月、花に戯れてほとんど男子と違いませんでした。ふしだらな交為があったとしても、片方だけを咎める事をしないのは、歴史を振り返ればわかるはずです。女性の進退が今日のように窮屈、不自由になったのは、徳川の治世以来のことです。戦乱が終わり(1615年大坂夏の陣)太平になり、儒教が世間に出廻って来たからです。
 人の私徳を正し、私生活を慎む教えは、その鋒を女性の一方に向けました。衣食住の自由はともかく、快楽の一点では俗に言う「真綿で首を絞めるような」この虚飾は幾百十年に続き、今日の社会の子々孫々に及んでいます。昔の活発で自由だった時代を忘れてしまっていないでしょうか。


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 男女の同権説き続ける。
         日本婦人論から――樋口恵子


 今の私達は太古の昔ではなく、江戸時代から明治にかけての支配的だった近過去に影響をより強く受けている。女性が「心身共に薄弱なのは天然でなく、人為でなったものだ」と諭吉先生は言い切っている。そして自分の工夫で変えるシステムを提示していく。
 家族の根本は夫婦、その夫婦は平等(新姓も有り)女性の視点から置き換える確かさ、鮮やかさ、アイデアの面白さ。的確に人の心に届く言葉で時には妥協も必要と学んだ。明治の初期から男女平等がつくる社会の品格を描き出した。
日本最高紙幣の顔として登場し続けて欲しい。
 
    (福田先生資料 平成17年2月20日大分合同新聞)



 若いUターン者です。
 若いだけに反応も速い!きっと吸収も速いでしょう!仕事に子育てに頑張っていらっしゃる津末麻里亜さんのコメントです。

 「地元中津に戻り、子育てをする中で、我が子に中津の歴史や福澤諭吉先生の事を伝えたいと思った時、自分が無知である事に気が付きました。そんな時にお声掛け頂き、まずは親が勉強しなくては!という思いで参加致しました。初回を終え、福澤先生の教えは、現代社会にも通じるところが多くあり、日々の生活の中で抱える悩みに対する答えを示してくれている様でした。社会人となって改めて学べる事を有難く思います。参加者の皆様の見解も様々で面白く、あっという間の90分でした。次回が待ち遠しいです!!」 




会計報告

お順さん基金
12名(内家族1)=11名×500=5,500円
              エアコン代=▲100円

              基金合計=35,440円

 すごしやすい季節に入って来ました。先生の元気に負けないように皆さんも頑張って読み会に出席して下さい。(会計・松本ひろ子)


第3回「日本婦人論」を読む集いは11月6日(第1日曜日)PM6時〜7時30分を予定しています。
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第1回 「日本婦人論」を終えて

2016/09/25 18:24
「日本婦人論」
明治18年6月4日から8回にわたり、時事新報の社説として発表されたもの。


【第1】  
 人種改良については、他力(内外の雑婚)と自力(男女の体質の改良)が言われていますが、等閑(なおざり)に出来ないのは、日本の婦人の心を活発にして好子孫を産んで欲しいからです。
 しかし、私の見る限りでは今の学校現場では期待ができない!と言うのも、人間教育とは、喜び、悲しみ、安定と混乱はその人の責任で教育され、歳月をもって自ら品格も備わっていくものだからです。顧みて日本の女性を見れば、人生において、何ら責任も無く、三界に家無く、子供を産んでも良人の子で預かって育てているだけで何の権も無く、又責任も無い。甚だしい無礼な教育ではないでしょうか。


【第2】 
 日本中の家婦は男子の恵みに依って存在し、安危運命も男子の手中にあるといって云い。どこにも責任が無い代わり、地位は甚だ低く、随て苦楽も甚だ少ない――今の学校教育は唯盆中の松のようです。
 今、教育は儒教主義でいう淑徳謹慎(上品に言行を控える)を教え込み、妨げるどころか害している。私は西洋教育が全部良いとは思っていません。ただ、西洋の女性は私産を有し、その権力も持ち、自ら独立し夫に依存していません。そして男性は女性のする事を禁じたりはしません。日本の女性も第一歩を踏み出して欲しいのです。


【第3】 
 日本女性の憂愁(心配・悲しみ)の最大の原因は自由な恋愛感情が束縛されることです。
 人間は形体(食物)と知識(修業)と情感(快楽)と、この三様を具えて初めて人間と言えるのです。昔から世の学者はこの事を心に思っていても論及しませんでした。私は世論の賛否は気にしません。将来日本の女性が心の活発になる手助けになれば、こんな嬉しいことはありません。人間(女性)は木や石とは違います。感情がある生き物なのです。




会計報告

お順さん基金
12名(内家族1)=11名×500=5,500円
              エアコン代=▲100円

              基金合計=30,040円

暑い毎日もやっと通り過ぎて、すごしやすい季節に入りました。新しい「日本婦人論」に入り、身近に自分を置きかえて考えを深めていけたらいいなあと思い、これからが楽しみです。(会計・松本ひろ子)


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お順さんの宗教観

2016/09/23 16:29
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「私は寺に参詣して拝むことは、おかしくてキマリが悪くて出来ぬ。」

 と、常に言いながら、毎月お米を持参して墓参りは欠かした事がなかった。
 諭吉が7才の時、軽い天然痘にかかり、羅漢寺にお礼参り…お順さんは三田龍源寺に眠っておられます。(77才没、明治7年5月8日)



 福沢村―足柄村

 多くの中津藩士の菩提寺である、龍源寺の住職、大島仁宗師が、老後、足柄上郡千津島村の天福寺に転住した御縁で、先生と足柄村との交流が始まりました。足柄村は町村制(明治22年)により六つの村の合併の際に福沢村と改名され、福沢神社、福沢小学校もできました。(この時先生はどんな顔をなさっていたのでしょう?

 その後平成11年11月28日「福澤諭吉翁と足柄を考える会」が発足されました。
 設立趣意書では「福澤諭吉が郷土足柄に残した軌跡や人々との関わりについて、調査を通じて翁の人間像、思想等について、改めて現代の目で捉え直し、我々の地域づくりに生かしていく。」事を目的とすると謳っています。
 この会が何より素晴らしいのは「福沢を考える」動きが自発的に起り、草の根の運動として国民の共有財産として福沢を考えた事を私達は見習わなければなりません。是非どのような地域づくりを進めたのか福沢村を訪れたいものです。


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